2013年4月20日土曜日

あの青恋し


 ざざん、ざ。
 枯れ草をなぎたおして潮風が渡る。
 春よりずっと遠くから、海が呼びにきているようだった。夏になったら美女真っ盛り。口にも出せなくて鼻歌で嘯きながら右の人差し指で車のキーを回す。
「…お前、花は」
 あとから追いついてきた連れが肺の底から吐き出すようにつぶやいた。
「麗しい女人に渡せとの事で」
 天から啓示が。
 宙空を指すと無音の衝撃。
 班で一二を争う腕力の持ち主はお情けの一つもかけてくれなかったようで、後から追いついてきた痺れと熱が背を襲う。
「……班長でもこうした」
 連れは珍しくも言い訳がましく、顎先を少しずらした。それから遥か水平線の彼方を見やってゆるやかに呻く。
「なぁ」
「海は広いな大きいな?」
「聞け」
 軽口をぴしゃりと嗜めるように遮られて口を閉ざす。
 なあせめて君は笑ってくれるかい、白鳥のお嬢さん、だなんて哀れっぽくウミネコを見つめてみる。
「何の真似だ、ラン」
ああうん。
 頷いて本日もまたマルボロの先端のみを握りつぶす。
「外れちゃないな」
 俺は誰だろう。
「ランドルフ」
「はーァーい」
 間延びした返答に眉間に目一杯皺を寄せて男はくしゃりと前髪を崩した。あらやだ男前、口に出したら頬でも張られたろうか。
 それで冷めるならいいのに。それで、目が醒めるならいいのに。
「誰の、」
「ヒュー」
 軽く上げたはずの口元がゆがんだのだろうが、ヒューゴはぐっと言葉を飲み込む。
 かつて誰かさんにさんざスケコマシのタラシスマイルと評された声音も、舌に乗せた先からぐずぐずに腐れ落ち形を失った。
「わかってるさ」
 えぐられた分だけ、見ない。呼ぶ声が思い出せるうちは、似ても似つかない笑い声をあげる。
らしくないなぁ、×××××。
 なあこんなにはっきり聞こえるのに、なくなわらうなっておかしな話だ、そうだろ?
 砂浜に千鳥足の足跡一つ二つ蹴って掻き消して、先に戻ってる、と出っ張った肩の骨を叩いて背を向けた。
「もう済ませたから」
 うそぉーつきぃ。
 けらけらけら、声が追っかけてきてよる波に吸い寄せられる。
 ただただ愛おしかった。


「すまんな、ピエ」
 あいつ、手渡されるなら俺よりは絶世の美女の方を選ぶに決まってるだろうから。
 いつぞやシャンが問い詰めて常なら兄貴面したがる奴が不承不承にも返した子供っぽい口実。らしいとは思った、だからこそ背にでも腹にでも一発いれなければ気が済まなかった。
 ぴえろっと。
 無意識にふと幾度も紡がれる声音。視線は海洋を漂い、あの日、掴み損なった指先でも探しているかのようで。
 ふと顔をあげれば白無垢に包まれた瑠璃の花が、波の狭間に小さく揺れていた。


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